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平和の使徒 新島襄

よみ:へいわのつかい にいじまじょう

安中出身の教育者・新島襄を「平和の使徒」として詠んだ札。海外で学び、学校と教会を築いた歩みが題材になっている。

札面:平和の使徒 新島襄

検索用の別表記:平和の使徒新島襄

安中 人物 教育

この札をやさしく読む

この札は、安中出身の教育者・新島襄を詠んでいます。新島は安中藩士の家に生まれ、21歳で渡米しました。帰国後は安中でキリスト教を伝え、京都で同志社英学校を設立します。1874年に安中の旧宅で家族と再会した出来事は、日本で活動を始める節目として紹介されています。「平和の使徒」という呼び名を、学びと教育へ進んだ歩みと一緒に覚える札です。

何を詠んだ札?
安中ゆかりの教育者・新島襄の渡米と教育活動
群馬とのつながり
安中藩士の子として生まれ、旧宅で家族と再会した人物である
覚えるキーワード
安中・渡米・同志社英学校

札の意味

新島襄は安中藩士の子として生まれ、21歳で渡米しました。安中市公式案内では、帰国後に安中でキリスト教を伝え、京都で同志社英学校を設立した歩みが紹介されています。

出典: 群馬県『上毛かるた』公式ガイド(p.16)新島襄旧宅

この札の人物

新島襄は1874年に安中の旧宅で家族と再会し、ここを日本での活動を始める第一歩としました。その後、同志社英学校でキリスト教を基にした人格教育に力を尽くしました。

出典: 群馬県『上毛かるた』公式ガイド(p.16)新島襄旧宅

上毛かるたとのつながり

国を越えて学び、平和と教育に力を尽くした人物を、群馬の先人として伝える札です。

出典: 群馬県『上毛かるた』公式ガイド(p.16)新島襄旧宅

ゆかりの場所

新島襄旧宅

安中市公式案内では、新島襄が1874年に家族と再会し、日本での活動を始める第一歩となった場所と紹介されています。

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覚える・遊ぶ

安中から渡米し、帰国後に学校をつくる流れを一本の道として思い浮かべると、「平和の使徒」と結び付きます。

1問クイズ

新島襄が設立した学校はどれですか?

  1. 同志社英学校
  2. 札幌農学校
  3. 富岡製糸場
答えを見る

正解:同志社英学校

新島襄は帰国後、京都で同志社英学校を設立しました。

この札を含めて10問解く

出典・参考資料

  1. 群馬県『上毛かるた』公式ガイド(p.16) 群馬県 / 確認日: 2026-07-19
  2. 「上毛かるた」で見つける群馬のすがた 群馬県 / 確認日: 2026-07-19
  3. 新島襄旧宅 安中市 / 確認日: 2026-07-19

情報確認日:2026-07-19