No.5 / お
太田金山 子育呑龍
よみ:おおたかなやま こそだてどんりゅう
太田の金山城と、子どもを育てた呑龍和尚を詠んだ札。城下町の歴史と、人を支える温かさが一枚に収まっている。
札面:太田金山 子育呑龍
検索用の別表記:太田金山子育呑龍
太田
金山
寺社
この札をやさしく読む
この札は、太田の金山城と大光院の呑龍和尚を一緒に詠んでいます。金山城は1469年に築かれ、堀切や土塁、石垣などの遺構が残る国指定史跡です。1613年には徳川家康が大光院を建て、呑龍和尚は子どもを寺で預かり育てたと伝えられます。山城の歴史と、子どもを守る人の姿を別々に思い浮かべると、二つの題材が混ざりません。
- 何を詠んだ札?
- 金山城跡と子どもを育てた呑龍和尚
- 群馬とのつながり
- 太田の山城と大光院の「子育て呑龍さま」が札の題材になっている
- 覚えるキーワード
- 1469年・大光院・子育て呑龍
札の意味
金山城は1469年に築かれた山城で、太田市公式案内では自然地形を生かした堀切・土塁・石垣などの遺構が残る国指定史跡と説明されています。徳川家康は1613年、金山のふもとに大光院を建てました。
土地に残る文化
大光院の呑龍和尚は、食料不足で子どもを手放そうとする親を諭し、寺で預かって育てました。自分や弟子の食事を分けたことから「子育て呑龍さま」として広く知られています。
上毛かるたとのつながり
呑龍和尚の姿を通して、子どもを守り、心豊かな社会をつくる願いを示した札です。金山城跡は太田市教育委員会が発掘調査と保存整備を続けており、城と大光院を訪ねることで札の二つの題材をたどれます。
ゆかりの場所
金山城跡
太田市公式案内では、1469年築城の山城で、堀切・土塁・石垣などの遺構が残る国指定史跡と紹介されています。
場所の参考資料を見る覚える・遊ぶ
山の金山城から寺の大光院へ視線を移し、城と子育ての二場面で札を覚えます。
間違えやすい札
1問クイズ
金山城が築かれた年はいつですか?
- 1469年
- 1613年
- 1936年
答えを見る
正解:1469年
太田市の案内では、金山城は1469年に築かれた山城と紹介されています。
出典・参考資料
- 群馬県『上毛かるた』公式ガイド(p.54) 群馬県 / 確認日: 2026-07-19
- 「上毛かるた」で見つける群馬のすがた 群馬県 / 確認日: 2026-07-19
- 金山城跡 太田市 / 確認日: 2026-07-19
情報確認日:2026-07-19