No.7 / き
桐生は 日本の 機どころ
よみ:きりゅうはにほんの はたどころ
桐生は古くから織物で知られ、「西の西陣、東の桐生」と称された町。伝統技術と海外輸出で築いた産業の歴史を詠んでいる。
札面:桐生は 日本の 機どころ
検索用の別表記:桐生は日本の機どころ
桐生
織物
工芸
この札をやさしく読む
桐生は、織物の技術と取引で発展した町です。布が新田義貞の旗に使われた記録や、江戸時代に京都・西陣の技術を取り入れた歩みが伝えられています。羽二重を海外へ輸出したことで桐生織の名が広がり、1977年には伝統的工芸品の指定を受けました。「機どころ」は、機械の音だけでなく、意匠、染色、製織を担う人の仕事まで含む言葉として読むと、町の歴史が近くなります。
- 何を詠んだ札?
- 織物の技術と海外輸出で知られた桐生の産業史
- 群馬とのつながり
- 桐生織が地域の職人と産業を長く支えてきた
- 覚えるキーワード
- 西の西陣・東の桐生・桐生織
札の意味
桐生の布が新田義貞の旗に使われた記録もあり、織物の町として長い歴史を持ちます。江戸時代には幕府の保護を受け、京都・西陣の技術も取り入れました。
暮らしを支えた産業
洋服地にも使える羽二重を海外へ輸出したことで、桐生織は世界に知られるようになりました。桐生市公式案内では、桐生織が1977年に伝統的工芸品の指定を受けたことも確認できます。
上毛かるたとのつながり
先人が積み上げた織物産業を受け継ぎ、さらに育てていこうという思いが込められています。現在も意匠、染色、製織などの分野で伝統工芸士が技術を守っています。
覚える・遊ぶ
西陣と桐生を東西で並べ、羽二重を海外へ送り出した町として「機どころ」を覚えます。
間違えやすい札
1問クイズ
桐生織が伝統的工芸品の指定を受けた年はいつですか?
- 1977年
- 1870年
- 2014年
答えを見る
正解:1977年
桐生市の公式案内では、桐生織は1977年に伝統的工芸品の指定を受けたと紹介されています。
出典・参考資料
- 群馬県『上毛かるた』公式ガイド(p.76) 群馬県 / 確認日: 2026-07-19
- 「上毛かるた」で見つける群馬のすがた 群馬県 / 確認日: 2026-07-19
- 桐生織の各種指定・認定 桐生市 / 確認日: 2026-07-19
情報確認日:2026-07-19